大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)1074号 判決

控訴人 福田幸治郎 外四名

被控訴人 日本国有鉄道

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人幸治郎に対し金百二十六万二千七十円、控訴人タマエ、同栄子同信雄、同正義に対し各金十万円および右に対する昭和二十七年九日十一日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、被控訴人鉄道としては、乗客に乗車を許容した以上乗客が安全に列車に乗車するまで誘導し事故防止する義務がある、従つて古座駅改札掛奥健蔵は控訴人幸治郎に対し同人が安全に乗車できる様客車に誘導しなければならない、即右改札掛は同控訴人において乗車する時間なしと見るや列車乗務員に連絡して発車を遅らすかまたは同控訴人の乗車を制止すべきであつたに拘はらずその処置を採らなかつたのであるから同人に右義務を尽さなかつた過失がある。又プラツトフオームにいた助役と改札口の前にいた奥改札掛との間には駅員の配置がなく事故現場までの距離は助役の位置より改札掛の方が遥かに近いのであるから事故防止のための制止義務遂行には改札掛がこれに当るのが適切であつたに拘らず同人はこれをなさず、助役もまた制止しなかつた。渡線道(場内踏切)からホームに至る間に斜面があり北に走る列車の進行方向に走りつつ飛乗することは右斜面では甚しく困難であるから発車して乗車を許容したとすれば少くとも右斜面を上り南方に進んで客車に到達できる時間を必要としたに拘らず之を勘案せずして乗車を許容した所に本件事故発生の根拠があつたと附陳し、被控訴人において右主張を否認した外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人幸治郎が昭和二十六年十一月三日商用で和歌山県東牟婁郡古座町に行くため国有鉄道紀勢西線新宮駅で新宮駅、古座駅間の往復切符を買つたが、混雑していたため往復料金を支払つたのに拘らず駅から交付されたのは片道券であつた、しかるに同控訴人は右の間違に気が付かず往復切符を受取つているものと確信していたので、古座駅まで乗車し下車した際にも往復切符の往に相当する部分だと思い、右切符の約二分の一を切取つて改札掛に渡したのに改札掛もその誤りに気付かなかつたこと。同控訴人は商用を終つて同日午前十一時四十四分発の勝浦行貨客混合列車に乗車して帰途につくため、古座駅に来て改札を待つていたところ午前十一時三十五分頃改札が始つたので右切符の残部を改札掛に示して通過しようとすると片道券の残部であることを発見されて列んでいた乗客の改札が終了するまで改札口で待たされた。そこで改札掛と押問答の上同控訴人は切符買受当時の事情を説明し疑があれば新宮駅へ照会することを求め、改札掛は電話で新宮駅に照会していたが間もなく勝浦行貨客混合列車が駅に入構してきたので催促すると、改札掛は電話を切つて右切符は無効であるからとにかく新宮行の切符を買つてくれと言つたこと、右改札掛が更に「もう切符を買う間がないから乗車して車掌から車内切符を買つて下さい」といつたこと。控訴人幸治郎はプラツトホームの斜面を駈け上り既に列車が発車していたのに客車の前部乗降口の手摺を持つて飛乗つたところ列車の動揺のため振り落されその途端に身体の重心を失つて同ホームに転倒し列車とプラツトフオームの間に落下して、右大腿内側頸部骨折左足第四第五趾蹠骨複雑骨折による切断創兼広汎性挫創の全治九ケ月の傷害を受けたことは当事者間に争がない。

控訴代理人は本件事故発生の原因となつた被控訴人側の過失は(一)改札掛は列車の発車が切迫した際は乗客の改札口を通過を制止すべきであるのに古座駅の改札掛は発車気笛が吹鳴された後に控訴人幸治郎に乗車を積極的に勧告した。(二)同改札掛は渡線道(構内踏切)よりホームに至る間に斜面がありこれを上つてホームに至り客車に乗車するには相当時間を要することを勘案せずして乗車を許容した。(三)乗客に乗車を許容した以上乗客を安全に列車に乗車するまで誘導し事故発生防止すべきであり古座改札掛は控訴人幸治郎が乗車する時間がないと見れば列車乗務員に連絡し発車を遅らせるとか同控訴人の乗車を制止すべきであるのにこの処置を採らなかつた。(四)当時危険な乗車を制止するに足る駅員は同ホームに配置されてなく、同ホームにいた助役はこれを制止しなかつたといふのであつて、被控訴代理人は右事実を否認し本件事故発生は専ら控訴人幸治郎の重大な過失に基因するもので被控訴人側の責に帰すべき何等の過失がないと主張するからその当否を判断する。

原審および当審証人堤明、原審証人坂本正文、原審証人奥健蔵、赤根峯五郎、浜中久美の各証言、原審における控訴人幸治郎本人訊問の結果の一部と右本人訊問の結果により成立を認め得る甲第七号証の二、成立に争のない乙第一号証の七原審における本件事故現場検証の結果に前記争のない事実を参酌して考察すると、控訴人幸治郎の乗車せんとした昭和二十六年十一月三日午前十一時四十四分古座駅発勝浦行貨客混合列車は第三七四号列車で連結客車は一輌だけであつて機関車の後に(1) 小型貨物車(2) 無蓋貨車(3) 客車(4) 以下有蓋貨車数輌の順で編成され定刻より四分遅れて古座駅西の上りプラツトフオームに到着し貨車の入換をして同駅を定刻より八分遅れて発車したこと。右客車の長さ約二十米ありその停車時の前部乗車口の位置は改札口から約五十米余、後部乗車口はプラツトフオーム待合室の北端附近であつたこと。当日古座駅の改札掛奥健蔵は控訴人幸治郎から示された乗車券が片道券の半分であつたのでこれを注意したところ同控訴人が往復料金を支払つて買つた乗車券であるから新宮駅へ電話で照会して貰いたいというので、古座駅事務室から新宮駅に電話したところ同控訴人に乗車券を売つた駅員がいないので真疑が判明しないからともかく一応乗車券を買わせて新宮駅まで帰らして貰らいたい旨の返答があつたので、控訴人にその旨伝え同控訴人はこれを聞いて乗車券を買ふため財布から金を出して出札口に行こうとしていたところ、事務室から出てきた奥改札掛が事務室と改札口との中間辺にいた同控訴人に対し「切符を買ふ時間がないから乗車して車掌から切符を買つてくれ」といつたこと、そのときの列車の状態は貨車の入換作業を終り汽関車も元の位置に戻されていたこと、奥改札掛から前記の如くいはれた同控訴人は出札口へ行くのを止めプラツトフオームに向つて歩きながら、一度出していた金を財布に戻して財布をポケツトに入れようとしている頃発車汽笛が鳴つたので急いで入れようとしたが財布には集金した金が三万円位入つてふくらんでいたので容易にポケツトに納まらずようやく財布に入れ終つた頃列車が動き出したのであわてて駈け出したけれども、構内踏切を渡つてプラツトフオームに到る斜面を駈け上つた時には列車は約二十米余進行していて三輌目の客車の前部乗車口がプラツトフオームの北端にきていたこと。一方、同駅助役坂本正文は駅長が当日非番のため駅長代理としてホームに出ていて本件列車が到着後待合室南側で貨物の積み降しを監視した後、右待合室北側で客車後部乗車口前から約四米位東の下りフオームの側に立つて本件列車前部車掌赤松峯五郎から発車準備完了の合図を受け、フオームおよびこれに続く舗装路上に乗車しそうな人のいないこと並に出発信号機が下つていることを確認した上発車合図をしたこと、同助役が発車合図をした地点は右客車の前であつて列車並にフオーム全体の見通しができるところであつたこと、右助役は発車合図後改札口前の構内踏切を果して乗車するかどうか判らない状態でフオームに上つていた同控訴人が発車後急に走り出したのを認めたので、手旗を振りながら大声で「あぶないあぶないおつさんやめとけ」とど鳴りながら走つて行つたが、同控訴人のところまで行き着く前に同控訴人はこれを見ながら発車地点より約二十米移動し前記フオームの北端まできていた客車前部乗車口に飛び乗つたので列車の衝動のため振り落されフオームに転倒し負傷したことを認めることができる。右認定に反する原審証人榎本秋五郎、林正典、沖五郎の各証言当審証人堤明の証言部分と原審および当審における控訴人幸治郎本人の供述は前記証拠に照し信用できないその他に右認定を覆すに足る証拠はない。

前記認定の事実によれば、改札掛奥健蔵が控訴人幸治郎に乗車することを許容した時は未だ発車信号の汽笛が鳴る前であつて、発車信号を聞いた後に乗車を許容したのでないこと明かである、そして間もなく発車することは予想される状態ではあつたが列車運転取扱の担当者でない改札掛としては、既に定刻より遅延していて貨荷物の積卸しや貨車入換作業をしていた本件列車の発車時刻を的確に知るに由なく、その直後同控訴人が財布をポケツトに入れるため時間を費やしたことは同改札掛として全く予想できなかつたことであり改札口の辺りから客車の乗車口までは約五十米余の短距離であつた事実に鑑みると、同改札掛としては同控訴人が果して列車発車前に乗車できるか否かが時間的に不確実であつたのであるから、かかる場合同控訴人が正当な乗車券を所持していたとするならば同人の改札口を通過しフオームに入ることを拒否できないのであつてこれを制止する義務もなかつたといふべきである、同改札掛が同控訴人に「切符を買ふ時間がないから乗車して専務車掌から切符を買つてくれ」といつたことが控訴代理人主張の如く積極的に乗車を勧告したものと解せられるとするも、もとより進行中の列車に飛乗りすることを勧告したものとは解せられないから右の如き事情の下においては同控訴人としては、乗車の余裕と危険の有無は自ら判断し乗車すると否とを決すべきものであつて右改札掛の言葉があつたからとて進行中の本件列車に飛乗をしなければならない道理は少しもないのである、いはんやフオームにいた助役坂本正文が同控訴人が急に走り出したとき手旗を振つて走りながら大声で乗車を制止したのに同控訴人はこれを認めながら飛乗りしたのであるから改札掛がこれを制止しなかつたとしても被控訴人側としては危険乗車制止の措置を採つたものと云ふべきであるから同改札係が制止しなかつたため本件事故が発生したものと云ふことはできない、またこのことを改札掛が考慮しなかつたとしても之を以て過失とはいえない、同改札掛が同控訴人に対し発車信号の汽笛が鳴る前に乗車を許容したからといつて控訴人の乗車が間に合はないといふことだけの理由で運転担当責任者でない改札掛に列車乗務員に連絡して発車を遅らすとか乗車を制止する義務はない。乗客が甚しく混雑してそのために事故発生の虞ある場合は格別通常の場合には乗客を誘導して乗車させる義務はなく、本件控訴人の乗車を許容された当時は乗客の混雑していなかつたのであるから特に誘導する必要はなかつたのである。尚本件列車は一輌だけであつて列車運転責任者坂本助役は発車の合図をしたときには右客車の前にいたのであつて、フオームおよび列車全体の見通しのできる所であり右客車には車掌も乗車しており且発車したのは乗車しようとする者のないことを確認した後のことであるから、フオームに他の駅員が出ていなかつたとしても、通常予想できる危険は十分に防止できる状態であつたものといふべく、控訴人主張の如くフオーム上の駅員配置が不相当であつたと認めることはできない。加ふるに同助役が控訴人幸治郎が急に走り出したとき手旗を振つて走りながら大声で乗車を制止したのに同控訴人はこれを認めながら飛乗をしたのであつてこの点につき同控訴人本人は原審における本人訊問の際制止しているのを見て早く乗れと言つているものと思つたので飛乗をしたと供述しているけれども、進行中の列車に飛乗ろうとしている者に向つて駅員が手旗を振つて怒鳴りながら走つて来るのを見れば普通人であれば飛乗を制止しているものと考えるべきであつて控訴人がこれを右の如く反対の意味に解したとしてもそのような解釈は異常なものであるからそれは同控訴人の過失によるものと云うべく、これを駅側の責に帰することはできない。

要するに本件事故は控訴人幸治郎が既に二十米も進行していた列車に無暴な飛乗を敢行した結果であつて被控訴人には責任はないものと云うべきである。そうすると控訴人等の本訴請求は他の争点の判断を俟つまでもなく失当であるからこれを棄却した原判決は相当であつて本件訴訟は理由がない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 三吉信隆 小野田常太郎 荻原潤三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例